第5回 オフショア開発会社の立ち上げ

ヴィーネクスト設立の準備

ベトナムに会社を設立することが決定してからの3か月は、やりきらなければならない出来事が次から次に起こり、とてもエキサイティングなものでした。
日本と同様、『設立手続き』『拠点の準備』『人的リソースの確保』の3つがメインになります。それらについて、ベトナム特有の習慣や当時の事情などを交えながら思い出していきます。

まず、1つ目は『設立手続き』についてです。
国によって多少の差はあると思いますが、やはり会社を立ち上げるとなると、たくさんの複雑な手続きが必要になります。ベトナムも例外ではありません。多少、高額でしたが、コンサルティング会社に依頼をすることにしました。

ベトナムで会社を設立するときに提出が必要な書類はたくさんあります。このときは300ページ以上ありました。
日本では、書類のサインは中身の確認をして、最後のページにだけするイメージがありますが、なんとベトナムでは全ページに株主全員がサインをする必要があります。
わたしはすべてのページにサインをするのに3時間くらいかかりました。サインをし続けていると、途中で自分のサインがわからなくなってきてしまい、途中で何回か休憩をとるほどたいへんでした。
書類について少し不思議な感じがしたのは、設立のために準備された書類が『ベトナム語』と『英語』だったことです。ジーネクストは日本企業ですが、『日本語』の書類はありませんでした。

2つ目は『拠点の準備』についてです。
設立の事務手続きと並行して、事務所の為の不動産を探し始めました。
いわゆる『事務所物件』を探していましたが、最終的にマンションの一室を会社のオフィスとして借りることになりました。
当時、ベトナムは不動産バブル時期で、事務所物件の賃料はかなり高かったのです。
もちろん、ちゃんとオフィスビルに入ってスタートをしたかったですが、もともとオフショアはコスト削減も目的の1つですから、事務所に高い賃料を払うことは何か違和感がありました。
現地の不動産仲介者に相談したところ、居住用のマンションの一室をオフィスとして借りるという方法を提案されました。そうすれば、事務所の費用を抑えることができるというわけです。
(日本では、SOHOというオフィススタイルが確立されていますが、現在、ベトナムではこのような状況はかなり厳しく取り締まられているようで、当時のように、マンションの一室を会社のオフィスにすることは難しいかもしれません。)

スモールスタートを実現できる方法が見つかり、いろいろなマンションを見に行きました。そこでまた、クリアしなければならない課題が出てきました。ベトナムの賃貸契約までのスピードの速さです。
ベトナムでの元々の習慣と、当時の不動産バブルの影響で、不動産の賃借、特にマンションの場合は、ほとんどが『即決』での判断が必要とされました。当日に頭金を支払ってキープし、本契約を進めるという流れになります。
しかし、日本的な手順ですと、現地に赴いているわたしが決断を下すわけではなく、日本にいる社長に相談をします。その後、不動産会社と交渉して…とやっている間に、どんなに気に入ったマンションがあっても、あっという間に他の個人や法人に先を越されてしまう事も少なくありませんでした。
結局、横治社長にベトナムに来てもらい、一緒に物件探しをしました。

最終的に、スタートアップの為のオフィスに決めた物件は、まだ新しく立地も良いものでした。このマンションのオーナーには、仲介業者の紹介で直接会う事ができました。親日家のオーナーは、日本の企業に貸すことに積極的でした。
ここで、オーナーと直接会うことができ、信頼関係の上で契約できたことは、当時のベトナムでオフィスを借りる上で非常に良い事でした。ベトナムでは、賃貸の契約後、何か問題が発生した場合は、直接オーナーとやり取りしなければなりません。そのようなときに、オーナーと信頼関係があるのはとても重要なことになります。
とはいえ、その信頼関係があれば、トラブルというものもあまり発生しないものかもしれません。2013年に次のオフィスに引っ越すまで、特にトラブルはありませんでした。

3つ目は『人的リソースの確保』です。
拠点を決めることができましたので、設立の登記と並行しながら、一緒に働くメンバーの募集を始めました。求人活動は、知り合いからの紹介、求人サイトへの登録、登記のコンサルティング会社のヘッドハンティングサービスの利用と3つの方法をとりました。

書類選考の後、面接を開始しました。
ベトナム人の面接官、横治社長、わたしという3名という体制でした。

そこでのわたしの役割は、面接官であり横治社長の通訳というものでもありました。面接の内容で印象的に覚えていることの1つに、横治社長が、面接の最後に必ず「日本に行きたいですか?」と質問をしていたというのがあります。
わたしは、通訳しながら、どうしてそのような質問をするのか意味がわかりませんでした。
「はい!」以外の答えが返ってくるとは思えなかったからです。
わたしもそうであったように、多くのベトナム人にとって、日本はあこがれの国です。
また、当時ベトナムでは多くの技術者が輩出され始めていました。みんな、まだ経験は浅いながらも、日系の企業で働くという事は、いつか技術力の高い日本に行くことができるかもと思いながら、面接を受けていたはずです。

当然、ほとんどの人が、「はい」と答えました。わかりきった答えだと思いながら、そのたびに、それを通訳しました。そのうちに、こんなに多くの人が、日本に行きたいのだということを改めて実感できて、わたしは嬉しかったです。
それと同時に、日本人もベトナムに行って仕事をしたいという人が増えたら、架け橋を果たしたいわたしはさらに嬉しいなと思いました。

面接がすべて終わった後、わたしは横治社長になぜ「日本に行きたいか?」と聞いたのかと質問しました。答えは「その人と、一緒にやって行けるかを知るのに、日本に興味があるかどうかが重要だと思うから」というものでした。さらに「お互いに興味がある人とやらないと面白くないよね」と付け足しました。横治社長は、回答の態度で、日本への興味の深さを測っていたようです。

20人ほどの面接をして、5人をメンバーとして迎えることにしました。
今のヴィーネクストのタン社長も、その時に面接を受けて入社したひとりでした。
当時の彼は、22歳でしたが、年齢の割にしっかりとした顔つきで、同年代の人と比較して、仕事に対する情熱が高いような印象をわたしは持っていました。

ヴィーネクスト設立直後の想い

設立までの3か月、合計で4回の出張をしました。最初の出張以外は、横治社長と一緒でしたので、改めてベトナムという国を見てもらい、共に働くメンバーの人柄を知ってもらうためにとても良い時間だったと思っています。

登記のための書類が揃い、提出してから2週間後に正式にヴィーネクストが設立されました。ベトナムの法律では、会社を設立した場合は、新聞に開示しなければなりません。こっそり設立することはできません。もちろん、ヴィーネクストも新聞に載りました。

ヴィーネクストの設立メンバー5人で使うにはともても広い2LDKのマンションを見渡すと、わたしは少し寂しい気持ちになりました。このオフィスが、いっぱいの開発者で埋まるようにがんばっていこうと心に強く思いました。

(続く)