Vol.07 墓を持たないミャンマーの人々と日本人墓地

トランプ賭博は追悼の儀式

あまりのローカルっぷりに途方にくれた我が家のご近所(第1回コラム参照)。
環境的には決して快適とは言えませんが、家を出ると子供達が息子に群がってきたり、哲学者のようなおじいさんが毎日片手をあげて挨拶してくれたり、親切でおせっかいなローカルの人達になじんできた気がしてきたある日のことでした。

家を出ると、道端に運動会で使うようなテントが設置され、テーブルが置かれています。その下には、人が沢山集まって、なにやら盛り上がっています。観察してみると、トランプで賭け事をしている様子。

テントの前には、ミャンマー語で何か書いてあるホワイトボードが設置してありました。
もちろん、ちっとも読めないのですが、なんとなく日時のような数字が書いてある気がします。

(…どうしよう〜!もしかして家の前がギャンブル場になっちゃったの?このホワイトボードはトランプ賭博のレートと開催される日時かなぁ。どローカルだとは思っていたけれど、ギャンブル場ができるなんて治安はどうなっちゃうの〜!?)

不安でいっぱいになりながらも、どんなレートと日時でトランプ賭博が開催されるか一応知っておこうと、ホワイトボードの文字を写真に撮りました。出社して、日本語のできる社員に「これ、ギャンブル場だよね?なんて書いてあるの?」と、聞いてみると驚きの答えが返ってきました。

「これは、お葬式です。ホワイトボードに書いてあるのは、亡くなった人の名前と、お葬式の日です。」

なんと、ミャンマーではお葬式がある家で賭け事をする習慣があるそうなのです。
賭け事に参加する場合は、会場となるお葬式を行う家に場所代としてお金を渡すのだとか。一種の香典のようなものでしょうか。

普段、ミャンマーでも賭け事は法律で禁止されています。したがって、ギャンブルをしていると警察に取り締まられますが、お葬式の時に行われるこのような賭け事についてはお目こぼしされているそうです。

「お葬式にギャンブルってすごいなぁ」と思いましたが、日本でも、お葬式の時に直会(なおらい)と称してお酒を飲んだりお寿司を食べたりしますよね。よその国の人から見たら、その様子も人が亡くなったのに楽しく宴会しているように見えるのかもしれません。

日本での直会(なおらい)が大概盛り上がっているのと同様に、ミャンマーのお葬式でギャンブルしている人たちも、とっても盛り上がっていましたから、悲しい出来事に一見そぐわないような風習がどの国にもあるのかもしれないな、と思いました。

肉体は魂の入れ物でしかない

お葬式にも驚くミャンマーですが、日本で生まれ育った私にとっては、もっと驚くことがあります。なんと、ミャンマーにはお墓がありません。
亡くなった人は火葬されますが、遺灰をどうするかは人それぞれ。庭にまくもよし、ヤンゴン川に流すのもよし、です。
ミャンマーの人々には、輪廻転生の考え方が浸透しています。したがって、肉体は魂が現世を生きるための入れ物でしかないと考えているため、亡くなった肉体には執着しないのです。

日本には「私のお墓の前で、泣かないでください。そこに私はいません。」という歌もありましたね。まさにそれを地でいくミャンマーの人々。

そして、お墓がないということは、ご先祖様を供養するということもないということです。
ミャンマーの家庭やお店には、写真のようなきらびやかな仏壇が飾ってあることが多いですが、祈りを捧げる対象は自分の祖先ではなく、お釈迦様です。なぜなら、自分の祖先はそこにはいないから。

そんな現世や祖先に執着しないミャンマー人ですが、パゴダ(お寺)にはお釈迦様の歯のレプリカなどが大事に収めてあり、「そこには執着するんだ!」と、私にはとても面白く感じるのです。

ミャンマーの人が日本に来たら、日本のお寺やお葬式、家庭にある仏壇などを見て、私が感じたのと同様に、面白く感じたり驚いたりするのか、機会があれば聞いてみたい気がします。

日本人墓地

ミャンマー人はお墓を持ちませんが、ヤンゴンには墓地があります。それは、日本人墓地です。
ミャンマーを戦地として、この地で亡くなった日本の兵隊さんなどが供養されています。『ビルマの竪琴』のモデルになった方もこの日本人墓地に眠っています。

戦争で亡くなった方の中には、遺骨が見つからない人も多く、遺族の方は、一部でも良いから持ち帰りたいと、長年活動されているそうです。
ミャンマーの方からすると、ただの物体になってしまった遺骨を持ち帰りたいというのは、理解できないでしょう。
それでも、日本人遺族の気持ちを汲んで、ずっと遺骨の収集にも協力してくれているそうです。

墓地には、南国の植物が植えられ、綺麗に刈り込まれた芝生にはミャンマー人が水をまいていました。大きな慰霊碑の前では、別のミャンマー人がお線香に火をつけて渡してくれました。

ここで亡くなった方と、遺族の悲しみは想像もつきませんし、ずっと消えないかもしれません。
でも、永遠に日本に帰れない遺骨があったとしても、美しい日本人墓地と供養して下さるミャンマー人の温かさに少し救われる気がします。そして願わくば、肉体から解き放たれたその魂は輪廻転生し、今は大切な人の近くにあるといいな、と思います。

私が、70年後くらいに天に召される日が来たら、ミャンマー式に、灰になった後は自由に羽ばたきたいな〜、と静かな日本人墓地で遠い未来とそこに眠る人々に想いを馳せました。