Vol.12 ヤンゴン市内を、列車でGO!

ざわめきの理由

先日、税金を支払うおつかいのために、ダウンタウンにある税務署まで行く用事ができました。ジーネクストミャンマーの社内で「会社近くの駅から、列車に乗ってダウンタウンまで行こうかな」と私がつぶやくと、ミャンマー人社員達が、「え?」という顔をしてざわつき始めました。
ひとしきりざわついた後、「マキコさん、列車は色々な人が乗っていますので、気をつけてください。」と言われ、心配そうな顔で送り出されました。

日本では、山手線に乗って出かける人に対して、こんな風に声をかけることはないと思います。これには、ヤンゴン特有の交通事情が関係しているのです。

自家用車を持っていないミャンマー人は、路線バス(写真が路線バスです)をよく使いますが、外国人で乗っている人はあまりいません。エアコンのないバスにすし詰め状態だったり、バスの行き先は車掌さんがミャンマー語で叫んでいたりして、ミャンマー語の地名とヤンゴンの地理が頭に入っていないと利用するのが難しいためです。
そのため、自家用車を持たない外国人である私は、移動する時には主にタクシーを利用していました。そんなわたしの、突然の列車発言に、皆がびっくりするのは無理もありませんでした。

ヤンゴン環状線

列車とは、ヤンゴン市内をぐるりと取り囲むように線路がある『ヤンゴン環状線』のことです。(『電車』ではなく、あえて『列車』と呼ぶのは、電気ではなくディーゼルで動いているからです。)
東京23区内で、山手線だけがある状態を想像してもらうと分かりやすいでしょうか。
山手線の内側を埋めるメトロや都営地下鉄、私鉄が一切ないというイメージです。
出発地と目的地が、うまく駅の近くにあれば良いですが、そうは上手くいかない事がほとんどだというのが分かっていただけるかと思います。

列車とは逆に、路線バスは、バス停が市内のいたるところにあり、郊外と市内をつなぐバスも多いため、ローカルの足としてはバスが最も便利です。社員は全員、路線バスで通勤しています。

ヤンゴンに住んでいるミャンマー人でも、自宅の近くに駅がない人は、生まれてから一度も列車に乗ったことがないという人もいます。
列車を利用しない人は、駅の場所すら把握していないため、タクシー運転手に「××駅まで行ってください」と言って、通じないこともしばしばです。
社員達も、一度も乗った事がない、または、数回だけはあるけれど、普段は使わないという人がほとんどです。社内で、通勤に使っている人もいません。列車の運賃は、日本円にして30円ほどと格安で荷物の運搬などにも使われているため、貧しい人の乗り物で危ない、といったイメージもあるようです。

列車の中は混沌

さて、社員から心配された列車ですが、実は私、何度か乗ったことがあり、結構気に入っています。

ヤンゴン環状線で使われている列車は、日本から寄贈された中古の車両です。車体には日本とミャンマーの国旗、『キハ』という車両の種類、車内には『禁煙』『JR東日本』『非常口』などの日本語がそのままになっています。異国の地で、なんだか古い友人に会った時のような懐かしい気持ちになるのです。

列車に乗るときは、日本では列車のドアと同じ高さにホームがありますが、ヤンゴンでは地面と同じくらいの高さにホームがあります。そのため、列車に乗る際は、乗り口をよじ登り、降りる時には跳び下りる必要があります。
列車の中は、水やお菓子、果物やタバコなどを売る人が行き交っていて活気がありますが、車内できらびやかな服装の人はまず見かけないので、たしかに庶民の乗り物という感覚です。
観光客の欧米人も乗っていたりして、外国人の私が乗ってもこわくはありませんが、お財布をすられたという話を聞いた事もありますので、用心するに越した事はありません。

以前、息子と一緒に乗った時、ミャンマー人がサッと席を立ち、我々を手招きして席を譲ってくれました。
また、別の時には、見知らぬおじさんが、周辺の若者を仕切って、「君はこっちの席ね、そして私はここに座ろうかな?そうするとそこが空くから、あなたはそこに座りなさい」と我々の座る場所を作ってくれたこともあります。
赤ちゃんにやさしいミャンマー人(コラムVol.04参照)は列車の中でも健在です。

車内では駅名のアナウンスや表示がないため、ミャンマー文字で書いてある駅名や風景を見て降りる必要があります。おつかいからの帰りには、どう見ても外国人の私に、向かいの席のミャンマー人が行き先の駅名を聞いてくれ、降りるタイミングを教えてくれました。

…と、このように書くと、大変お行儀の良い整然とした車内を想像されるかもしれません。
しかし実際には、座席で足を放り投げて寝ている人あり、男同士で喧嘩して小突きあっている人あり、トウモロコシをかじっている人あり。そして、私に席を譲ってくれたミャンマー人は、「席をどうぞ」と優しく差し出した同じ手で、お菓子のゴミを窓の外にポイっと投げ捨てています。

たしかに、列車には『色々な人』が乗っていて混沌としており、私が日本で培ってきた自分の常識やマナー、善悪といったものが、少しずつミャンマーのそれと合わさっていくような感覚を覚えます。
ヤンゴンの風景と共に、この混沌とした車内の様子を見ていると飽きる事がなく、どんどん適当になっていく自分も心地よく、今日も心配されながら列車に乗る私です。